2011/08/17

英国の暴動(3)

暴動に参加しているような子らとかかわっていたのは、日本人の友人であった。


深夜の時間帯はできるだけ避けたいエリアで、ナンパしてきた英国人男性。
渡英したばかりの友人は、ただひたすらに寂しかったから、
そのまま付き合うことになってしまった。
深夜帯、エリアを考えれば、相手の男性がどういう人なのかというのは、
想像できないはずがない。ついて行ってはいけないのだ。


とは言え、それは結果論であって、
一度は反対した私たちも、彼女の幸せそうな様子を見ては、
「良かったねえ」と頬をゆるめて歓迎したものである。
ただ、長引くにつれて、頭をひねるようなことが次々に起きた。


家具店、カフェでバイトをしていた32歳の彼は、
彼女との時間を優先するために、無断で仕事を休んでしまう。
バイトのダブルブッキングは日常茶飯事。
販売している家具を勝手に持って帰ってくる。
怪しんだ雇い主が彼の家に訪れたとき、大声で怒鳴りながら追い返している。
バイトの途中で「疲れたから」と言って勝手に帰宅してしまう。


はじめてバイトをする高校生でも、そのようなことはしないのではないか。
しかも、彼は32歳である。分別があるはずの大人である。


もしかしたら日本以上に学歴社会のイギリスにおいて、
小学校中退という学歴も気になる。
日本ならば小学校を出ていなくとも、努力次第で起業家として成功する道もある。
しかし、ここ英国では難しい。階級社会ということもあるが、
そのような事例はサッカー選手、タレントなど一芸に秀でた者しか思いつかない。
ビジネスに関する知識、スキルがあったとしても、銀行がお金を一銭も出さないなど、
その道は閉ざされているのではないかと思う。


あれこれ考えていた途端、彼はバイトを辞めた。
彼女の話では、すぐに仕事を見つけるとのことだったが、
わたしが知る限り、彼女が帰国するまでの2年間、
彼が仕事を得たり、仕事を得るための行動をしたことはない。


+++


仕事をやめた後の彼は、ただひたすらに怠惰であった。
働かなくても金が入る状態になれてしまえば、
あえて仕事を探す必要はないのだろう。


彼が仕事を辞める直前に、彼女は彼の家に移ってきた。
国から補助を受けている住宅は、日本のアパートのような外観。
室内は広く、庭がついていたりもする。とても快適だ。
その快適な家で、彼は酒におぼれ、時にはドラッグをやり、
夜はクラブのごとく大音量で音楽をかけて楽しむ。


あるとき、彼女を訪ねるため家に行ったことがある。
当時、学生だった私はバイトをして良い時間が
英国の法律で決められていたため、毎月の給料は8万円以下。
それでも何とかやりくりをして、飲みに行ったり、
旅行に行ったりもした。正直、生活は厳しかったが、
お金を多くもらっていた日本にいたときよりも充実していた。


そんな私に彼は悪びれる様子もなく、
「タバコと酒が欲しいんだよ。金くれよ」と言うのである。
働きもせず、ダラダラ暮らす目の前の男に、
国は補償金を渡している。しかも、それは私の税金だ。


またあるときは、日本の友人らと彼らの家にバーベキューをしに行ったことがある。
お肉、野菜、酒、お菓子を買い込み、昼から楽しんだ。
ふと気づくと、部屋には知らない大人や子どもが大勢つめかけていた。
腹をすかせた様子の子らは、私たちになんら断りもなく、
冷蔵庫を開け、酒を飲み、菓子をほおばり、肉や野菜を焼く。
肉は明らかに生のまま食べていた。
みんなで購入した食材は、瞬く間に彼らの胃袋に納まってしまったのだ。
友人のうち一人は、財布、携帯を盗まれている。
驚きなのは、彼の知り合いと思っていた子らは「まったく知らない」子だったのだ。


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彼女とは良き友人でいたいものの、裏にいる彼の存在が好きになれず、
わたしは彼らの家に招待されても、何らかの理由をつけて断っていた。


いつだか忘れたが、彼女と二人でパブで飲んでいたとき、
ふと目にした彼女の腕に大きなあざがあった。
いやな予感がしながら、恐る恐る聞いてみると
「彼が暴力をふるうようになった」と予想通りの回答。
金を彼女にせびるようになった彼は、彼女が断ると暴力を加えるようになったのである。
どこまでも最低な男だ。


過去、DVの男と付き合ったことがある私は、
改善はほぼゼロに等しいことを分かっているので、
別れを積極的に薦めてみたものの、彼女からは「No」の返事。
これも想定内である。自分で気付き、行動しなくては逃れられないのだから。
いささか不安ではあったものの、助けを求めてきたタイミングで
できる範囲のことをしようと心に誓い、一回り小さくなった彼女の背中を見送った。


そして、その1カ月後、忘れられない出来事が起きた。


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1年のうちで最も日照時間が短い月だった。


シャワーを浴びて部屋に戻ると、彼女から10数件もの着信履歴。
異常事態を察知した私は、すぐさま彼女に折り返しをすると、
泣いた直後のような嗚咽とカラカラに乾いた声の彼女が出た。



これから家を出たい。助けて。もう耐えられない。
あいつが戻ってくる間に家を出なくては殺される。



そんな内容だったように思う。
取るものも取りあえず、彼女の家に直行。
私の家から近いとは言え、バスで25分はかかる。
もどかしい想いを抱えながら、電話で常に彼女を励ましていた。


彼女を見た途端、短い悲鳴を上げてしまった。
左目は青紫に腫れ上がり、口は切れ、鼻の下には固まった血液がこびりついている。
体も相当殴られたのか、歩くたびに、痛そうにうめいていた。


ひょっとしたら私は、とんでもない所に来てしまったのではないか。


一瞬そんな考えが浮かんだものの、彼女の様子を見てしまったらそうも言ってられない。
護身用として持ってきたカッターナイフの在り処を確認しながら、
慎重に、されど素早く荷物をまとめる。
外で「カタッ」という音がするたびに、あまりの恐怖に全身が震え上がってしまった。
心臓の鼓動に合わせて、息が浅くなっていくことが分かる。
冷静になろうとすればするほど、気ばかりが急いてしまい、
最終的には二人で泣きながら荷物をまとめていた。


それでも私が到着して10分後には家を脱出することができた。
永遠に続くかのように思えた時間は、たったの10分だった。


彼女が夜逃げをしてからしばらくは、彼女にも私の携帯にも
彼からの電話やメールが頻繁に届いていた。
背筋がゾッとなるほどの内容もあった。
もしも何かあったときのために、それらのメールは常に友人に転送していた。
私の心配は現実にはならなかったが、今でも、あの日のことは夢に見る。


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これを読んだとしても、暴動に加わる若者とはリンクしないかもしれない。


ただ、わたしは見たのだ。
ニュース映像に彼、その友人が略奪に嬉々として加わっている様子を。


ちなみに彼の母親は彼を18歳のときに出産。
子どもの数は覚えていないらしい。現在、シングル。
当時の彼氏は24歳だ。
息子よりも8歳年下の彼氏。


彼女のもとに産まれたことが不幸なのか、
あるいは周囲に教育者がいなかったことが不幸なのか、
それとも、不幸と思ってしまう私自身がおかしいのか。


きらびやかな世界には、必ず闇はある。
知らないまま暮らせていけたら、それは幸せなことなのだろうか。