父親のことが心の底から嫌いである。
ツイッター、ミクシー、自身のブログなどで、
娘へのあふれる愛をつづる友人を見ていると、
「わたし」は、涙を抑えることができない。
「近い将来、あなたは娘に嫌われることになるんだよ」
なんてことも言えないので(仮に言ったとしても信じてもらえるはずがない)、
いずれ彼らのもとに訪れるであろうⅩデーを、
せめて心安らかに迎えてくれれば・・・と祈るばかりである。
事実、「わたし」は「父親」のことが世界で一番嫌いだった。
「父親」は日本海に面した小さな漁師町に生まれた。
それゆえ、漁師になるということは、ほぼ、
・・・・いや強制的に決められた未来だった。
幼いころから海に親しみ、決められた通りに水産高校に進学。
祖父や周囲の思惑通りの人材に育つのかと思いきや・・・・
「父親」は高校卒業と同時に生まれ育った故郷を捨てた。
行き先は、高度経済成長期の恩恵を受け、欲望と活気がうずめく街、東京である。
ある意味閉鎖された空間から飛び出してきたのだ。
見るもの、聞くもの、体験することのすべてが若い「父親」には、
刺激的であったのではないかと思う。ずいぶんと多くの女性と遊んだとも聞いている。
時には堅気ではない方の女性にまで手を出し、
歌舞伎町で土下座をしたこともあるようだ。
危なげな日々を生きていた「父親」はやがて、
青森の短期大学で鬱屈した生活から一転、
あこがれだけを胸に飛び出してきた「母親」と出会い、
そして、間もなく一生をともにすることを決める。
「母親」の実家がある函館に結婚の旨を伝えに行ったときは、
真面目を絵に描いたような叔母、祖母は、「父親」のあまりの若さに、
古い言い方をすれば放蕩ぶりに卒倒したという。
パンチパーマに裾が大きく広がったパンタロン、
黄色いTシャツ、そしてにやけた口元は、なるほど「放蕩息子」にふさわしい。
しかしながら、周囲の期待を裏切り、「父親」は「わたし」の誕生とともに、
遊びとは決別し、人が変わったように仕事に打ち込み、
家庭を愛する良き「父親」になった。
20代前半で技術も学歴もない「父親」は、
自ら進んで危険地帯への出張を申し出、家族のために働いた。
「父親」が働く現場近くに、砲弾が飛んできたこともある。
ピースサインをしながらニッコリほほ笑む「父親」の背景には、
集中砲火を受け、黒煙をあげる街の姿があった。
国内でも現場にいる間は、常に危険と隣り合わせだ。
そのような緊迫した場で長時間働いているのだから、疲れていないはずはない。
しかし、「おとうさーん、たかいたかいしてー」とせがむ「わたし」を、
やおら持ち上げ、飽きるまで「たかいたかい」をしてくれるのだ。
なんという愛情だろう。
そのような愛情を受けておきながら、
父親にとって最も残酷なことを娘は実行するのだ。
それは、あまりに突然だった。あれは、反抗期のころだっただろうか。
今まで大好きだった「父親」は、得体の知れない生き物になる。
同じ空間にいるだけでイライラが止まらない。
目を合わせることも、しゃべることも、何もかもが嫌になる。
「わたし」の場合、友人たち以上にその病が深刻であった。
嫌う理由なんてどこにもないのに、とにかく嫌いで仕方がなかった。
何年もの間、「父親」との会話はもちろん、「父親」の存在自体が、
「わたし」の心から消し去られていた。
ある日、いつだったか正確には覚えていないが、それは雨の日だった。
仕事で大きな失敗をし、傷ついた心に、朝からの雨が重く降り注ぎ、
どこまでも、どこまでも深く沈んでいた。
電車の中に傘を置き忘れてしまったが、新たな傘を購入する気力もない。
雨脚が強まり、見慣れた街はどこか幻想的な様相を呈する。
それをぼんやり眺めていると、誰かが肩をたたく感触がした。
怪訝に思いながら、後ろを振り返ると、そこには仕事帰りの「父親」が立っていた。
「今、帰りか。今日は早いんだな」
何年ぶりかに聞く「父親」の声は、少し緊張していた。
「傘、もってないのか。風邪ひくから、タクシーで帰ろう」
昔の笑顔とは違う、あきらかな作り笑顔の「父親」を見たとき、
心の中で張り詰めていた何かが砕け散った。
うなずくとともに、涙がとめどなくあふれ出てきた。
それはもしかしたら「父親」と「わたし」の間に、
何年もの長い間、降り続けた雨が、涙として流れ出したのかもしれない。
その感情が何なのか今でも分からないが、
ひとしきり泣いた後で見た「父親」の顔には、
「わたし」が大好きだった笑顔が戻っていた。
あの日以来、「わたし」の「父親」に対する嫌悪感は急速に姿を潜めていった。
何年もの間、面と向かって会話をしたことがなかったので、
最初のころは、どことなくぎこちなさを感じていたことは事実だが、
それでもゆっくりと、確実に、「父親」が心の中に戻ってきたのだ。
今年も父の日が近づいてきた。
「わたし」は現在、日本国内にはいないが、
この日はとっておきの感謝のことばを届けようと思っている。
雨は完全にあがったのだ。
ここで訂正とお詫びをしなくてはならない。
「日本国内の多くの娘は、父親のことが心の底から嫌いである」に続き、
「しかし、何年かの後、多くの娘は、父親を再び愛するようになる」。
世の中の父親の皆さんは、どうか安心してほしい。
いずれ、娘と美味しいお酒を飲み、語れる日がきっと来る。