獣医師への道も閉ざされてしまった高校1年の春。
獣医になれないのであれば、大学に行く必要はない。
昔から短絡的な考え方しかできないわたしは、
進学をあっさりあきらめ、部活動とバイトに青春を費やすことに決めたのだ。
高校はわたしが住む地区でもナンバーワンの進学校だったため、
バイトをしている生徒は数少ない。
大学進学のため、高校2年から予備校に通う友人らを見て、
「親のすねかじりめ」と口には出さねど、心の中でひっそり思っていた。
それは、かつての天才ゆえの嫉妬なのかもしれない。
そのような醜い心にふたをするために、より一層バイトに励んだのだ。
コンビニエンスストアの早朝バイト、ファストフード、スーパーなどに勤務したが、
高校時代一番長続きしたバイトは、町の中にある小さな洋品店だった。
「洋品店」と言うと聞こえはいいかもしれないが、
Tシャツ100円、下着50円、セーター500円など、
とても利益がとれないような低価格の洋服を販売していた店だった。
週末のセールともなれば、ただでさえ安値の洋服が、
駄菓子屋の価格同様になってしまう。
開店と同時に店内に押しかけるおばちゃんたちの勢いを見たとき、
「ああ、このおばちゃんたちが日本を支えているんだ」と、
やけに納得していたものである。
わたしと一緒に働いていたバイト仲間は、
中学のころの友人2名と大学生の「鈴木さん」だった。
義務教育を終えたばかりのわたしにとって、
「鈴木さん」は、大人の女性そのものだった。
スラっとした足を組み、けだるそうにタバコを吸いながら、
まだキスもしたことがないわたしに、「鈴木さん」は男女のことを教えてくれた。
そのような話題に免疫がなかったため、「やめてくださいよー」と
顔を真っ赤にしながら、話を続けようとする「鈴木さん」を制止したものである。
「ははは。ごめんごめん。今に分かるから楽しみにしてなよ」
にっこり笑いながら、「でさあ、こないだの男は」となおも続けようとする。
「ぎゃー、もう終わりだって!」と、いよいよ怒り出すわたしを見て、
ふふふと含み笑いをしながら、話を終わらせるのだ。
当時のわたしにとって、「鈴木さん」はあこがれだった。
彼女のマネをしてタバコをドキドキしながら吸ってみたり、
真っ赤なマニキュアを爪に塗ったりもした。
「鈴木さん」と知り合いのわたしは、クラスメートよりも
はるかに大人になった気がしていた。
就職先が決まり、バイトを辞めることになった「鈴木さん」は、
最終日に「ちょっとちょっと。渡したいものがあるんだ」と声をかけてきた。
ぽかんとするわたしの手に、無理やり握らせたそれは、
いかにもいたずら好きな彼女らしさにあふれていた。
その後。
家に持ち帰るわけにもいかないので、ロッカーに入れておいたそれは、
昼食の時間帯にカバンを取る拍子に、床に落としてしまった。
でかでかとした「ハートマーク」が描かれた「コンドーム」は、
パートさん、中学時代の友人の目を瞬時に奪うことになる。
少しの静寂の後、好奇と嫉妬の嵐が吹き荒れる。
わたしは、その日、バイトをクビになった。