「こいつ頭いいな」と思うことは、まずない。皆無である。
もちろん、そのような評価を望んでいるわけではないし、
そのような人間になるべく、努力をしているわけでもない。
むしろ、「頭がいい」とは対極の位置にいることは明確なのだが、
かつて天才と言われていたわたしとしては、
いささか残念な状況ではある。
それはいつの時期か。
今からさかのぼること、約20年以上も前。大昔である。
記憶すらあいまいな大昔。されどわたしは、まぎれもなく天才だったのだ。
物ごころがついたときから、わたしは見るもの、聞くもの、
そのすべてを余すことなく記憶することができたのだ。
たとえば、テレビでドラマを見ているとしよう。
主題歌、登場人物すべてのセリフはもちろん、
物語を中断するCMのナレーション、テロップ。
すべてを一度に記憶してしまうのだ。これは大変なことである。
毎日を生きていると、さまざまな情報が洪水のように押し寄せてくる。
情報の取捨選択ができないため、幼いころの私は常に混乱していた。
その混乱がもととなり、家族以外の人の前では一切コトバを発することができない。
それゆえ、神奈川県西部に引っ越すまではひどくいじめられた記憶がある。
情報の山に埋もれたわたしは、それでも年齢を経るごとに、
無意識的に情報のふりわけをすることができるようになった。
たとえばそれは、テストのときに大いに役立った。
定期テストはもちろん、神奈川県下で行われる中学2年時のア・テスト、
そして高校受験。それらすべてのテストに向けて勉強したことは、一度もない。
授業のときに教科書を見て、教師の言うことを聞くだけで覚えてしまうのだから。
もしくは、テスト前に教科書をパラパラめくれば、すべて記憶してしまう。
テスト前にうんうんうなっているクラスメートを見て、
「どうしてこんな簡単なことも覚えられないのだろうか」と純粋に、不思議に思っていた。
テストは100点を取って当たり前。
ただ、それではクラスメートの反感を買ってしまう。
いじめられた経験のあるわたしは、それが何よりも恐ろしかった。
だから、わざと間違った答えを記入し、90点程度にとどめておいた。
この不思議な能力は、これからも続くのであろう・・・・と思っていたのだが。
高校1年の最初のテストで、能力がすべてなくなってしまったのである。
テスト用紙に書いてあることが、何のことだかサッパリ分からないのだ。
教師が授業で話したのかも、自分自身がノートに書いたことも覚えていない。
ただ、中学3年までの知識は残っているので、それを頼りに、
暑くもないのに、大汗をかいてテストを受けたのだ。
結果は惨敗。今でも覚えている。
英語は10点、数学は5点、そのほかは平均25点。
正直な話、教師が試験範囲を間違ったのだろうと確信していたのだが、
クラスメートが90点なり、80点なりを取っているところを見ると、
明らかにわたしの能力が落ちているということを認めるしかなかった。
それからは地獄である。
何しろ、16年間「勉強」をしたことがなかったのだから。
理系に進み、獣医師を将来の夢としていたが、
数学は最高でも10点、物理に至っては5点も取れない。
何が分からないのか、それすらも分からない。
夢閉ざされたとき、獣医師以外の道を考えれば良かったのだが、
当時のわたしが選んだのは、獣医の看護師になれるという専門学校への進学だった。
これが波乱万丈の人生の始まりだったのだ。
その専門学校は、入学から半年後、閉校になっている。